| 目次 1.旅行券が届く 2.老舗旅館につく 3.天平大浴場 4.独鈷の湯 5.湯のでない洗面所 |
「お父さん大変,東急観光から旅行券が送られてきたわ。何かの間違えじゃないのかしら。気持ち悪いわ。」
「そんな馬鹿なことがあるかい。」
おそるおそる家内と一緒に封書の中の説明書を呼んでみると,あさひ銀行が年金預金者を対象に行ったサービスキャンペーンの抽選に当選したのだった。
提携旅行業者は東急観光で,なんと3万円の旅行券である。年賀郵便はがきの当選でも葉書セットが当たれば大喜びをしていた老夫婦にとって,盆と正月が一緒にきたような大事件である。
久しぶりの夫婦だけの旅行ということもあって,場所の選定が大変だ。
萩・津和野はどうかとか,いろいろ迷ったが,結局,さまざまな予定もあり何日も泊まれないので,以前行ったことのある修善寺の「虹の里」にもう一度行ってみようということになった。
たまに出かけるのだから少しは有名な老舗旅館にでもと,東急観光の旅行案内を見ると,修善寺温泉ではただ一つ「新井旅館」が載っているだけである。
家内は,早速、いくつかの案内書や旅行本を調べ,この旅館ならぜひ泊まってみたいという。結局,平成9年5月23〜24日(金,土)に新井旅館に泊まることになった。
宿泊費はセット料金で平日用一人24,400円で,部屋の名前は「桂(かつら)七」である。
この旅館の料金は特別室二人一部屋で一人当たり70,000円というのもある。
和室のランクはAからEまでありAは35,0000円,最安のEが22,000円だ。
これに税,サービス料を加えると,私たちが泊まることになった税・サービス料込みのセツト料金は最安の料金であることを後になって知る。
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| 新井旅館入り口 |
宿に着くと,番頭さんをはじめとして出迎えられ,担当の仲居さんの応対も親切で,さすがに老舗の旅館である。奥の方へと案内されて「桂七」の部屋につく。
部屋はきちんと掃除されてはいるが,薄汚れた佇まいで畳みは黒ずんで所々擦り切れた個所もみられる。天井は高くひなびた民宿の和室という趣である。
荷物を落ち着かせ浴衣に着替える。トイレを探す。
この部屋付きのトイレのドアは,中から小さいつまみを2本の指で引っ張りながら回して閉める構造になっている。閉めようとすると,指の押さえる力が弱いせいかつまみが指から離れてしまう。
建てつけが悪くなっているためかそのままではドアがひとりでに半開きになる。
そのため,閉めようとする力に逆らう力が働くのだ。何回か練習してみたが,強くつまみを押さえて指から離れないうちにすばやく閉めないとすぐに開いてしまう。
それ以後,面倒くさいので小用はドアを半開きのまま済ますことにした。
内側からも丸い握りを回して閉めやすくするように改善することが出来ないものだろうかと思いつつ,まあ仕方がないとあきらめる。
腰掛け式の便器はきれいに掃除はしてあるが,往年の下宿屋で見かけたような最近では珍しいくらいの安価なものである。
暖房や洗浄装置のついた便器は都会の中流家庭のほとんどに行き渡っているこの頃,老舗旅館という名のついた旅館でこのような安価な便器では情けない。
さてと,畳の上に落ち着いて座ってみると,河原のせせらぎがすぐ近くに聞こえる。
「一風呂浴びてこようか。景色もよいし,夜も静からしいし。」
「私も,お風呂に入ってくるわ。」
家内は露天風呂へ,私は当旅館自慢の「天平大浴場」に入ることになった。
この大浴場と露天風呂は、男性と女性が夜までと朝からと時間交代で入浴することになっている。
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「天平大浴場」は巨額を投じ3年もかけた有名な設計者による当館自慢の浴場である。
外にある池で泳ぐ鯉をガラス越しに湯殿から見えるように工夫されたユニークな造りである。
風呂桶は戦前の風呂屋で使われていた近頃珍しい桧製のものであるが,あまりに古くて汚い。
近頃は風呂桶を作る職人も少なくなってはいるだろうが,地方の物産展などではよく見かけることもある。
1〜2年に一回ぐらいは新品に取り替えてはどうだろうか。
風情ある用具ではあるがあちらこちらが擦り切れて薄汚れており,一般家庭ならとっくにごみとして処理されているような代物が老舗旅館では骨董品扱いされているのだろうか。
「天平大浴場」は,自然石と大きな太い桧の柱を調和よく配置し,天平時様式を再現したものという。
幸い,私が入ったときは先客は2人しかいなく,ゆっくりと湯に浸かることができたが,洗い場で体を洗う段になって戸惑った。まず,洗い場の構造を見よう。
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図のように,隣り合った湯溜と水溜が一個所にまとまつている。
この横洗場に腰掛ける。その前には体を洗うボデーシャンプーと髪を洗うシャンプーとが置いてある。 私自身,昨年,頚椎の手術を受け手足が多少麻痺しているせいもあり,重いものを握ると握力が足りなくて落としてしまうことも多い。しかも,湯溜の湯の温度はかなりの高温でそのまま体にかけると火傷をする。
手桶から指が滑りそうになるので,危険を察して湯溜の真っ正面に座ることにした。
真横よりは湯がくみやすい。だが,体を洗うためシャンプーを取ろうとすると,今度は遠すぎて手が届かない。
仕方なく,人が少ないのを幸いに,シャンプーを手元に持ってきて専用に使うことにして,最後は湯溜の斜め前に腰を下ろした。
湯溜は2個所あるから,その真横に2人ずつ座れば全体で4人は体を洗えるが,10人もの人が体を洗うとなると洗い場がないことになる。
おそらく,気の短い客は体を洗わずに湯につかるだけで済ませることになろう。
脱衣場には数十人用の脱衣棚があるところをみると,団体客などが一斉に風呂に入ることもあろう。このような時の不便さを経営者はどう考えているのだろうか。
天平時代の建築様式には適さないかもしれないが,蛇口をひねって湯と水を出す現代方式の方がはるかに便利である。
高齢化社会の実態に合うよう早い機会に洗い場の工夫も必要ではないだろうか。
一風呂浴びて近所の散策に出かける。名所旧跡の紹介については旅行本に任せたい。
修善寺に詣でた後,「修善寺彫り」の宗家という竹細工の店に行く。
間口5〜6mの小さい店の中に茶杓,花立てなどの竹細工の他に,木の実に字を彫ったものもある。
竹細工に2000〜3000円と値段が書いてあるので,お土産にと思ってそばによる。
よく見ると,0が一つ余計である。
一文字1000円が基本と旅の本に書いてあるので,詩や和歌などが書いてあると,かなりの値段になる。見学客が数人訪れていたが,誰も買う人はいない。
一日一人の客が買えばそれでもよいのだろう。一度有名になり,高い値段で作品が売れるようになると,値段を下げてまで売る気にはならないものである。
プロの面子というところだろうか。
夕食の時間まではまだ早いので,店を後にして近所をぶらつく。
しばらく行くと,新井旅館の裏沿いの桂川に出る。
川沿いに竹林に続く遊歩道を歩く。
「旅館の川沿いの窓があるわ。窓の外はすぐに川岸かと思ったら,遊歩道になっているのね。私たちの部屋はどの辺かしら。」
「この辺かな。」
そのときは,まだ,私たちの部屋が旅館の最先端にある喫茶ラウンジの真上とは気づいていなかった。
喫茶ラウンジのすぐ近くにある川の中に,修善寺温泉の発祥の場所という言い伝えのある独鈷(とっこ)の湯がある。
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独鈷の湯
昼間のせいか,男性一人が入っているだけである。
あずまや風の屋根に素通しの格子の囲いをつけただけの構造で,中の人物は丸見えである。
近所の主婦であろうか,顔を見合わせながら
「勇気がありますね。体に自身があるのでしょうね。」
と話し掛けて通り過ぎていった。
近くの散策を終えて宿に戻ると,間もなく夕食になった。
懐石料理で,味は上の部類だが,東京築地の料亭田村の懐石料理のように,刺し身には氷を添えたり,熱い煮物のときは冷めないように器を温めておいたり,吸い物は運ぶ直前に入れて冷えを防ぐような,最上の味を保つ工夫は見られない。
これは,70,000円宿泊でも同じなのだろうか。
年を取ると夜は就寝が早い。9時には床に入り寝ようとしたが,テレビを消して部屋が静かになると,部屋の窓下を通るアベックの語り合う声が,すぐ隣で話しているかのように聞こえてくる。
それだけではない。どこからか,演歌や民謡がはっきり聞こえてくる。どうも旅館が流すバックミュージックではなさそうだ。
「うるさくて眠れないわ。旅館の外なのかしら。」
「そのうち終わるんじゃないかな。」
いっぱい呑んで酔っ払って寝てしまう客には何の影響もないのだろうが,静かなところで寝る習慣がついている私たちは,音が気になると眠れない。
やがて,10時半になった。演歌がいつまでも続くので不思議に思い部屋の高窓をあけてひびっくりした。
高窓の下は,先ほど散策したときに見た喫茶ラウンジの入り口である。
そこから,すざましいカラオケの声ががんがんと響いてくるではないか。
「これは大変だ。当分終わりそうもないよ。」
「それじゃ,電話して部屋を変えてもらうわ。」
早速,妻はフロントに電話をする。
「カラオケがやかましくて寝られないんですけれど。他に空いている部屋はありませんか。この部屋は最低の部屋じゃないんのすか。」
「そんなことはありません。ちょっと,お待ちください。」
と,フロントの返事。
妻は,何か知らせがあるものと,電話機を持ったまま,3〜4分もまったであろうか。突然,電話が切れた。
「待っていろというから待っていたのに,突然切れちゃったわ。」
しばらく返事を待っていた妻が,憤然として再び電話する。
「電話を待っていたのですが,部屋を変えてもらえないのですか。」
「本日は満席なものですから。いま,電話をしてカラオケをやめさせました。すぐ静かになりますから。」
まもなく,静かになった。当旅館経営のラウンジが夜はカラオケバーになるらしい。
後で女将からの知らせによってカラオケについてはすぐに対応されたとのことであるから,現在は早い時刻にカラオケを切り上げるようになっていることであろう。
このラウンジは旅館から直接廊下でつながっているのではなく,いったん外に出てから行くようになっているので,私たちが気づかなかったのも無理はない。
電話を切る前に、カラオケを止めさせますと,なぜすぐに電話をくれなかったのだろうか。
安い部屋に泊まっているのだからい文句を言うなということかなと余計なことまで考えてしまった。
今日は休日前なので本当に満室なのだろうかと思い,豪奢な渡り廊下を徘徊してあたりを見て回ると,人気のない立派な和室が続いている。料金の高い部屋はいくつも空いている様子だ。
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料金の高い部屋
それならば,そのように連絡してくれれば゛,追加料金を払ってでも部屋を変えたのにと思った。
廊下の外を見ると,広い中庭がすべて池になっている。
まるで,昔の大名屋敷のようである。これらの和室は,閑静でカラオケの喧燥など聞こえるはずがない。 せいぜい部屋代10000円の違いで,まるで,天国と地獄の差である。
先ほどの「ただいま満室で…」という電話の返事は,安い料金の部屋は満室だという意味に初めて気づいた。
さて,カラオケも止んだことなので,再び床に就いた。
しばらくすると,5〜6人の男性の大きな話し声や笑い声が聞こえてくる。
外に若者でもいるのだろうか。ときどき,女性の「キャー」という声が混ざっている。
そんなにいつまでも続くこともないだろうと静かになるのを待っていると,喚声と大きな笑い声は,一向におさまらない。
もう,夜中も1時を過ぎている。
何が起こっているのだろうかと先ほどの高窓を開けて外を見ると,窓下の広場には人影はない。
すぐそばの河原にある独鈷の湯に入っている近所の旅館の団体客が,夜は外から誰にも見られないのを幸いに,酔い覚ましをかねて,露天風呂に入りながら中間たちと話し合っている。
周囲を囲まれた野外音楽堂のステージで歌う歌手の声があたり一面に響き渡るように,河原の中の大声がまわりの旅館や川岸に反響して一層大きく聞こえてくるのであった。
これは,旅館とは関係ないことなので,我慢するしかない。ひたすら,静かになるのを待った。
これは,旅館組合の仕事ではないかと思うが,「夜は近所の迷惑になりますから,静かに入って下さい」というかけ看板でも設置できないものであろうか。
客も露天風呂から出て行き,河原のせせらぎとかじかの鳴き声だけの静かさに戻ったのは,一時半を過ぎた頃であった。
二時ごろになってからであろうか,やっと眠りに就くことができた。
旅館組合には,夜遅く入浴する人に対する注意をつるし看板などで示してほしいと要望しておいたのだが,その後はどうなっているのか分からない。
例えば,「お願い:夜半過ぎは近くの旅館のお客様のご迷惑になりますから,放歌,蛮声はご遠慮下さい。」程度でもよい。
勿論,大声がこれで完全になくなるとは思わないが,なくならないから実行しても無意味であるというのでは理屈にならない。殺人犯はなくならないから,殺人を取り締まる法律は無意味であるというへ理屈と同じである。
仮に真夜中の大声が半減すれば,客に対する迷惑も半減する。旅館組合は,どのように現在考えているのだろうか知りたいものである。
翌朝,眠いので朝風呂に入る元気もなく,ひげを剃りに洗面台に向かう。近頃珍しい洗面台だ。手を洗うだけの広さで,物を置くスペースのない戦前型だ。蛇口が二つあるので右をひねると水が出た。
左をひねる。30秒以上はは待っただろうか。水しか出ない。水で顔を洗い歯を磨く。後で女将からの手紙で知ったのだが,何分か待てば湯が出たらしい。
早速改善するということである。
いよいよ髭をそる段になる。
電池かみそりを使用したので気がつかなかったが,コードを利用するときのコンセントもなかったような気がする。髭剃り後に化粧水をつけるために電池かみそりを置こうとした。
目の前にある棚は奥行き10センチ,幅50センチ程度のもので,旅館で備えた化粧水の瓶と,うがい用のコツプ,顔を拭くタオルが置いてあるともう一杯である。
タオルの上に歯ブラシを置く。電池かみそりを置くスペースがない。
仕方なく,今にも滑り落ちそうな洗面台の端にそっと電池かみそりを置いた。
この付帯設備は格安の民宿でさえ近頃お目にかかることのない貧弱さである。
朝の食事の支度に仲居さんが見えた。
「夕べは喧しかったそうですみませんでした。この部屋は,夜でも喧しいことがありまして。どうぞ,これに懲りず,またいらして下さい。」
と親切な言葉。
夕べの件は早速話し合わされているのが分かる。
朝の食事が終えると,美人の若女将が挨拶に見えた。現在の女将である。丁重な言葉づかいである。
「夕べは喧しくて申し訳ありませんでした。この部屋は東急観光様のときのお部屋になっていたものでご迷惑をおかけいたしました。」
「いいえ,どう致しまして。でも,この部屋はもう使用しないほうがよいと思いますね。」
一時が万事ということもある。百数十年の伝統と歴史のある老舗旅館でさえ,格安の下宿並みの付帯設備の部屋に泊めることを考えると,当旅館だけでなく,他の旅館全体が同じようではないのかとさえ思われてくる。
このような部屋をいつまでも使用していることは,修善寺全体の旅館のイメージダウンと旅館のプライドを傷つけることになるのではないかと,旅館街の将来を思っての感想なのだったが,若女将はどのように受け止めてくれただろうか。
若女将の詫びの言葉で,家内も,いくらか機嫌を直すことができた。
必要な反省と丁寧な挨拶は貴重な財産である。
私たちはやむを得ず東急観光という旅行会社の世話になったが,JTBなどの大手の旅行会社は「桂七」の部屋よりは,いくらかよい部屋に泊まれるらしい。
それにしても,「桂七」の部屋は,ランクが最低の部屋であろうと推察される。
泊まり客の斡旋回数によって部屋割りを決めるのも確かに合理的である。
女将をはじめ仲居さんの心のこもったもてなしと相反して,うるさい部屋と部屋の付帯設備の悪さが印象に残った修善寺の宿であった。
朝飯を終えて,夕べのつぐないに今日は楽しい一日であるようにと願いつつ,思いで深い宿を後に近くの「虹の里」へと向かった。
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虹の里
後からの女将の手紙によると,付帯設備その他の施設の早急な改善を図るとのことなので,安価な部屋でも現在はかなり改善されていることであろう。
近代施設の整ったホテルや民宿もどんどん増えている中で,伝統ある老舗旅館を維持していくことは大切なことである。とくに,昔からの建物や環境を保存していくことも必要である。しかし,静かな自然環境の中で旅館客も少なかった時代と同じままの施設や付帯設備では,新しいホテルや民宿の施設にに及ばなくなってきていることも事実である。
古くからの美観を損なうことなく,トイレ,洗面所,風呂の湯栓・水栓などの改良を含めて,近代的なホテルに負けない設備を備えるような工夫を重ね,老舗旅館がこれからも一層発展していくよう願うものである。
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