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8. 重粒子線照射後約2年以降の経過(2004/02〜)

     1.前立腺がんの発見までの経過・男性性器の説明図 
     2.前立腺がんのステージの告知・骨シンチグラフィやCTの写真
      3.都多摩老人医療センターでの治療の始まり.
      4.重粒子医科学センター病院での治療とは?
    5.重粒子医科学センター病院での治療準備
     .重粒子線治療の体験報告
      7.重粒子線治療終了後の経過(2002/02〜)

重粒子線照射より約2年後の状態

PSAの値の微上昇

 現在のPSAの状態変化は,2003年8月からはじめた高感度PSAの状態によって,明らかになった。

飲み薬・注射何もなし
2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年
月日 08/15 11/06 02/05 03/30 06/29 10/12 11/16 01/28 05/13 08/18 11/25 05/08 05/18 11/02 05/16 11/14 03/30 11/05
PSA 0.018 0.019 0.026 0.029 0.025* 0.027 0.025 0.027 0.027 0.022 0.025 0.024 0/02以下 0/02以下 0.020 0.011 0.014 0.011
**
四捨五入値
0.02 0.02 0.03 0.03 0.03 0.03 0.03 0.03 0.03 0.02 0.03 0.02 0.02 0.02 0.02 0.01 0.01 0.01
*06/29以降のPSAの検査値は前回の検査と違う場所に依頼したため,単純に前回との高低の比較はできないという。
**四捨五入した値を比べると2003年の値が0.02程度,2004-2005年の値が0.03程度と見ることもできる。
 2004-2008年のPSAの値はほとんど変化していないと考えてよいだろう。

重粒子線照射の退院日は2002年02/22である。
 04/02/17に多摩老人医療センター泌尿器科の 新井学 医師の診察をうけた。この日は,04/02/05の血液最終のPSAの結果を知らせてもらった。約2ヶ月の間に0.019から0.026に変化している。0.001程度の変化は誤差の範囲に入るが,0.007の上昇は前立腺がんの再燃の可能性もあるので,次の検査は2ヶ月後の03/30になった。新井医師が豊田に説明してくれた内容を次に示しておこう。
「次回にもPSAが上昇していれば,再燃の可能性もあります。」
「転移の可能性ですか。」
再燃というのは,前立腺の組織の中で重粒子線照射で死滅していなかった細胞が復活してきた場合と,周辺に転移していたがん細胞がその場所で増殖している場合があります。どのように増殖しているかは,手術して検査しなければ分からないのですが,放射線治療の場合は,PSAが上昇してきた場合は,普通は,ホルモン療法(リュープリン注射)か睾丸の摘出のどちらかになります。放医研(重粒子医科学センター病院)ではどのような対応がよいのか,聞いてきてください。」
「今月の25日に放医研に行きますので,その折に相談してきます。」
 放医研での相談のこともあって,02/18の朝,02/25の予定を見るとCTの撮影となっていた。最近はX線の撮影が多いので,手帳を調べてみたら
 昨年03/09/26 頚椎・後縦靭帯骨化症の定期診察によるCT撮影(東京厚生年金病院)
 今年04/01/30 大腸がん検査のためバリウム注腸検査によるX線撮影数十枚(多摩老人医療センター)
 予定04/02/25 前立腺のCT撮影()
となっていて,なんと,半年間にX線撮影も含めて三回も多量のエックス線照射を受けることになった。
 心配になり,重粒子医科学センター病院の辻先生に連絡をとったところ,04/02/25CT撮影をキャンセルし,診察だけにしましょうということになった。その折に,次回のMRI撮影日を相談することにした。

 
X線の被爆量について考えてみた。下記の被爆量から判断すれば現在CT撮影をしても危険性はあまりないと思うが,これから先,CT撮影,バリウム検査などがあるかもしれず,今回はMRIのほうが適切と考えた。

 参考 国立循環器病センターによるRI検査の安全性
     検診の胸部X線撮   0.05mSv(ミリシーベルト)   
     X線CT検査      8.3mSv
     注腸バリウム検査  16mSv
     頚部CT         2 mSv
     腹部CT         4 mSv
  白血病・がんになる可能性 200msV
   検査技師の許容量      50msV(年間)

PSAの微上昇に対する放医研の考え方

 04/02/25に放医研(重粒子医科学センター病院のこと)にいき,PSAの値の微上昇についてどう対処したらよいかを担当医の辻先生と相談した。

「昨年の8月から11月の間は,PSAの値が0.018〜0.019とほとんど変化しなかったのですが,今年の2月の検査では0.026で,わずかに上昇しています。,現在診察中の泌尿器科担当医の説明によると,次回の検査でPSAが上昇していると再燃と考えられるといわれたのですが,重粒子線治療の立場からは,どのように対処しているのか相談してほしいといわれました。」

「泌尿器科の今までの治療は,手術してがんのある前立腺を全部摘出するわけです。したがって,他に転移していなければ,PSAが上昇することはありません。手術後,わずかずつでも,PSAの上昇が続くと,転移していたがんの再発と考えられます。」

「手術していない場合は,ホルモン療法をつづけたり,放射線治療か,重粒子線治療をするわけですが,その場合のPSAの微上昇はどう考えるのですか。」

「いままでのエックス線による放射線治療では,前立腺のがん組織を完全に死滅させられない場合がありますから,PSAの微上昇が続くと,前立腺のがん組織が再燃してきた場合,また,他に転移していたがんが活動してきた場合が考えられます。」

「重粒子線ではどうなるのですか。」

「重粒子線では,照射したがん細胞は完全に死滅すると考えられます。一方,重粒子線を照射された正常細胞はだんだんに快復してきます。そのため,PSAの値がわずかずつ上昇してきます。しかし,前立腺周辺のいままで発見されなかったがんが活動してきた場合も,微上昇が続くことがあります。どちらになるかは,上昇していくPSAの値がどのへんで一定値を保つようになるかを見極めることが必要になります。どの値までが安心かはまだ確定していません。PSAの値が0.2以下で微上昇を続けている程度ではしばらく様子を見たほうがよいでしょう。」

 この日は,久しぶりに,神戸のD・E夫妻にお会いした。D氏は私と同時期の入院仲間である。私の診察が終わるまで待っていただき,家内共々四人で昼食を一緒にした。その折の,D氏の話では,最近のPSAの値が0.6から0.9に増えてきているという。再燃の可能性を辻先生に質問したところ,重粒子線照射後にPSAの上昇を示している患者約80人のうち,現在のところ,再発し死亡したのは一名だけということである。D氏は,一度,血尿がでたことがあるといわれた。血尿も,遅発性後遺症の一つかもしれない。しかし,現在健康で,排尿その他の異常はなにもないので,しばらく様子をみることにしたと話してくれた。
 重粒子線を照射された正常細胞が復活してくると,PSAの値が増えてくると言うのは,考えてみると,当然のことのようにも思えてくる。前立腺を摘出しているわけではないのだから,普通の人並みのPSAの値で落ち着けば完治したということになるのだろうか。
 次回の放医研でのMRI撮影は04/05/26ということになった。
04/04/06に多摩老人医療センターの新井先生から,04/03/30のPSA検査の値を聞いた。0.029であった。04/02/05のPSAの値は0.026であったから,ほんのわずか上昇したことになる。健全な前立腺細胞の快復によるPSAの上昇も考えられるので,しばらく様子をみることとし,次回の採血は04/06/29(火)ということになった。
 04/06/29のPSAの検査の結果を04/07/06に多摩老人医療センターの新井先生から報告を受けた。PSA の値は0.025であった。前回の値は0.029だったから0.004だけ下がったことになる。しかし,今回の値は,前回と違ったところに検査を依頼したので,その値をそのまま比較できないという。検査条件がいくらか違うらしい。漠然と,0.025から0.030の間ぐらいと考えてよいだろうということであった。つまり,現在のところ,2月から6月までのここ5ヶ月間ぐらいのPSAの値はほとんど変化しないということである。
 その際に,放医研の病院から依頼された前立腺のMRI写真(04/05/26撮影)を
提出した。3年以上前の多摩老人医療センターで撮影した写真と比較して,写真からどの部分ががんの組織でその部分がよくなっているのか,活動を停止しているのかは,写真から判断することはできないが,少なくとも同じ条件の写真を比較したところ,大きな変化はないので,現在のところはあまり心配はないと考えられるという。重粒子線治療が成功しているということであろうか。
 

 これは,物理屋がやりそうな判断といえるかも知れないが,PSAの最後の数値を四捨五入して有効数字一桁にして見ると,全体の変化の概要を知ることもできる。上記PSAの数値表から分かるように,2003年は0.02程度,2004年は0.03程度ということになり,PSAの値はわずかに上昇しているといえる。

PSAの微上昇とがんの再燃との関係
 
放医研の報告をもとに高感度PSAの上昇とがんの再燃との関係について泌尿器科の担当医から説明を受けた(05/02/04)。
 それによると,放射線を受けた前立腺の健康な細胞が快復してきたときのPSAの上昇の仕方は,ゆるやかに上昇をするという。再燃の場合には,重粒子線を受けた前立腺細胞が生き残っていて復活している場合と,近くに転移していたがん細胞が活動をはじめた場合があり,その上昇の仕方は,数ヶ月で倍倍に増えていくように急激になるという。私の場合,重粒子線照射後の約1年9ヶ月間(02/02から03/11)はPSAの値が0.02以下だったと考えられる。三年目(04/02/05)に入ってからその値が微上昇して0.03程度が約一年間続いている。この上昇の仕方はゆるやかな上昇と考えられる。したがって,現在の.ところ,再燃によるPSAの微上昇ではないと考えてよいだろう。

遅発性後遺症の現状(重粒子線照射終了2年以後)

膀胱蓄尿量の変化
 '04/02現在,
重粒子線照射終了後,ほぼ2年経っているが,膀胱そのものの就寝後の蓄尿量は睡眠薬を服用したときには200〜250cc程度はあり,夜中にトイレに起きる回数は1回から2回である。しかし,昼間は,100〜120cc程度で尿意を催すと我慢の限界はほぼ一分間である。したがって,家にいるときには失禁パンツは着用していないが,外出するときには安心のために必ず着用している。昼間のトイレ間隔は起床後から夕方までが1.5時間〜2.0時間であり,夕方からはほぼ3.0時間おきになる。一日の排尿回数は9回前後で,この回数は一年以上変化していない。
直腸内壁からの出血
 
直腸内壁からの排便時の出血は自覚がしばらくなかったが,04/02/12の排便の際にわずかな血糊がみられた。翌日の02/13には,ほんのわずかではあるがパンツに血がついているのを発見した。04/02/28現在,排便の際に息張るとわずかに血が出る。しばらくの間気づかなかったが,04/03/30の朝にも排便後に潜血数cm2がティッシュ付いていた。昨年の10月に気づいて以来の後遺症であるがなかなか直りにくいものであることが分かった。非ステロイド系の座薬を10日ほど続けると直っていたので,安心していたのだが,この出血は,04/05/12(土)にも近くの建物に自転車に乗って10分ほど出かけた後にも起こった。出血に気づいてから,すでに7ヶ月経っても完治していないことがわかる。
 辻先生の話によると,自転車が直腸の出血に悪影響を及ぼす例が他にもあることを知らされた。とくに,自転車の遠乗りは厳禁である。
 直腸からの出血は,2005年になってからも数回あり,10月には3回ほど経験したが,出血はすぐに治まった。ウォッシュレットの洗浄が強すぎたときに見られるので,肛門の粘膜が薄くなっていたためと思われる。

バップフォー(頻尿を改善する薬)の使用と副作用 
 蓄尿量が100cc以上になると尿意を催し,数分と持たないので,04/10/19に多摩老人医療センター泌尿器科の担当医に相談したところ,バップフォー(錠剤で1錠10mg)を4週間分処方してくれた。使用量は朝食後1錠,夕食後1錠で計一日2錠である。この薬は,薬局からの説明書によると,頻尿の改善,排尿障害の調節するもので,次の注意事項が書かれていた。

 注意事項 
*発疹・かゆみなどの過敏症が現れた時には服用を中止し,医師か薬剤師に相談してください。また,緑内障の方は眼に異常を感じた時も,医師か薬剤師に相談してください
*車の運転や危険を伴う作業には十分注意をしてください。
  予期しない副作用
 医師によると,すぐに効き目があるものではないので,しばらく飲み続けて,次回は翌月の11月16日に様子を知らせるように指示された。それほど大きな副作用はない薬とかんがえられた。しかし,夜中に口の渇きがひどくなって,唇の周りが白く粉がついたようになるので,夜中にうがいをしてその度に水を飲んだ。あとで,担当医の話では薬の副作用で夜中に口の渇く人も多いということであった。
 約3週間後の11月6日の朝,排便で少し息張ったところ,このところ全く治まっていた直腸からの出血が始まったのでびっくりした。しかしその前三日間は旅行しており,自転車にも乗っていなかつたのでその原因は分からなかった。出血はすぐに止まったので,あまり気にも留めなかった。
 ところが,こんどは,二日後の11月6日の朝排尿時に血尿とともに血糊がいっしょにでてきた。生まれてはじめての経験なので,薬の副作用とは思わなかったが,念のためにインターネットでパ゛ップフォーについての副作用を調べてみた。

 [参考 リンク バッブフォー錠10 お薬110番:塩酸プロピベリン(バップフォー錠)
]

 すると, 上記参考リンクの「お薬110番」の「めったにない副作用」の中に
 
めったにない副作用
  腎臓の重い症状..発熱、発疹、だるい、吐き気、むくみ、尿の濁り、血尿、頻尿、
               尿が少ない・出ない、側腹部痛、腰痛。
  血小板減少症..皮下出血(青あざ)や歯肉からの出血、血が止まりにくい。

というのがあった。「めったにない」ということは,普通の体質や体調の人にはほとんど関係ないと考えられるが,膀胱や直腸,尿道などに放射線や重粒子線などを照射した場合などは,組織の状態が弱っており,めったにない副作用が起こることも考えられると判断して,そのあとバップフォーの飲用をやめた。その後,直腸からの出血も,血尿も停止した。
 バップフォーの効用結果の診察が翌月11月16日にあり,担当医に直腸出血,血尿について報告したところ,口の渇きを訴える患者は大勢いるが,血尿の報告は初めてだといわれた.。
 膀胱がんの疑いもあるから,本日採血をして血液検査をしてから,次回12月10日に膀胱の超音波診断をしますということになった。以前,直腸からの出血を相談した内科医に大腸がんの疑いがあるから大腸カメラの診察をすると言われたことがあったが,今度は膀胱がんの疑いということになってしまった。しかし,大腸カメラの場合は断ったのだが,今回の超音波診断は念のため受けることにした。

リュープリンの注射痕が再び腫れて化膿

  02/06/20
に最後のリュープリン注射をしてから1年8ヵ月も経過しているのに,04/02/20頃から注射痕に異変が起こった。最後の注射以後リュープリン注射を中止した理由は,,それまでのリュープリン注射で歩行困難になるなどの副作用が強くなったためであることは,すでに,詳しく報告した(リュープリン注射跡の腫れと副作用)。最後の注射以前のリュープリン注射の3回分は腹部皮下に吸収されずに残ってしまい。その場所は後に腫れて膿とともに体外に排出された。しかし,一部の注射液の影響だろうか,腹部の皮下に硬いしこりが残り。その部分が腫れて皮膚科で切開してもらったこともあった(02/10/29)。
  もうこれで,腹部皮下の腫れをもたらすリュープリンの副作用は終わったものと考えていた。しかし,ここ一ヶ月ぐらいの間に腹部皮下内のしこりが大きくなり,一昨年のリュープリンの腫れと似たような症状がでてきた。変な予感がしたが,どんどん腫れて,皮膚の上から触れないほどの痛みを感じるようになった。よく見ると,内部が化膿しているように思える(04/02/26朝の写真)。04/02/27の朝,腫れも痛みも昨日よりひどくなったので,小平市にある昭和病院の外科に初診の診察を受けに出かけた。
 担当は森田医師であった。症状と今までの経過を説明したあと,局部麻酔をしてすぐに切開してくれた。

「たくさん膿が出ましたから痛みは治まりますよ。」
「どうも有り難うございました。」
皮膚の上を切っただけでうみが沢山でてきたので,中まで切開していませんよ。
看護婦さんが教えてくれた。
 
 切開跡からはほぼ一週間の間出血があったが,切開跡はまもなく塞がった。

 リュープリンの注射跡が腫れた場合には,
泌尿器科よりは外科で診察してもらったほうがよい。私の場合,以前は泌尿器科で診察してもらい,そのあと,抗生物質を飲みつづけたが,絆創膏のかぶれなどで近所の病院でヘルペスと間違えられたこともあった。今回の外科の処置は,切開した跡を開けたまま,その上にガーゼをかぶせて,ガーゼで血濃を吸い取る方式であった。翌日見ると,大きなガーゼが大量の血濃を吸収していた。しばらくの間,抗生物質を服用しないで免疫力にまかせ,傷口が塞がるのを待つだけである。この方が,体内に残っていた血濃が体外にでやすく直りも早いらしい。
 自宅で,傷跡に簡易絆創膏など使用するときには,かぶれることがあるので,皮膚がかぶれ易い人は,ガーゼを傷口より大きめにあてて,カブレスという絆創膏を使用してガーゼをとめるとよい。皮膚がかぶれた場合などに消毒用にマキロンを使用するとかぶれがさらに拡大することがあるので,
マキロンの使用は厳禁である。

重粒子線照射2年後のMRI写真とそれまでの写真との比較
 04/05/26に放医研でMRIの撮影をした。今までのほぼ一年おきのMRI写真を比較しておこう。
H13/09/12,H14/03/25,H15/03/11,H16/05/26 のMRI写真の比較


がん病巣は死滅して安定した状態にあるらしい
H13(2001年)/09/12とH17(2005年)/06/08,H19(2007年)/11/02のMRI写真の比較
 
写真の見方
 H13/09/12の写真は,H13の1月から2月にかけて行った重粒子線照射前の写真であるから,最も古い写真である。H17/06/08の写真は,重粒子線照射を終えてから3年4ヶ月後の写真であるが,H13/09/12の写真比べて,前立腺の形が整ってきているように見える。しかし,手術と違って,がん病巣を取り除いたわけではないから,
がん病巣は,まだ,薄黒い影となって同じ場所に写っている。つまり,死滅したがん病巣はまだ残っていることになる。もし,このがん病巣が完全には死滅していなかった場合には,数年後に復活して(再燃)くる可能性もあるという。このために,定期的に,PSAの検査が必要になる。
 辻先生の診断により,今回H17(2005年)/06/08のMRI写真の診断の結果,現在のところがん病巣の復活は見られないということと,最近,一年間のPSAの値が0.03以下に落ち着いていることを勘案して,次回の診察は半年後の12/07ということになった。その後は,一年に一回ずつ,MRI写真を撮影して様子を見ていくことになる。
 
2006年06月現在のまとめ 
 2002年の2月に重粒子線を照射し,その後半年間リュープリン注射を続けたが,副作用で歩行困難になり,2002年の9月以後はがんの治療薬であるカソディックス錠の服薬やリュープリン注射を全部中止した。しかし,その後のPSAの値は,2003年の0.02の値から2004年,2005年はの0.03程度が続いた。PSAの安定が続いたため,それまで3ヶ月おきにPSAの検査をしてきたが,2006年からは半年に一回の検査となった。2006年6月8日のPSAの値も0.024でほとんど変化はなかった。多摩北部医療センターの泌尿器科の加藤司顯(もりあき)医師は,06/06/15の診察で,前立腺がんはすでに
完治しているといってくれた。PSAの検査だけは今後続けることになるが,もう再発の心配はない。 
 2007年04月に起きた
遅発性後遺症としての血尿
 2007/04/20(金)の夕食後にトイレで排尿の折,真っ赤な血尿がでた。薄いピンク色ではなく,通常の血液に近い色で少なくとも数ccの量が尿に混ざったものであろう。そのほかに体積が0.5ccはあると思われる血糊が二箇所,便器の底に沈んでいた。おそらく,尿道の血管が切れてそこから出た血液が膀胱にたまっていたものと思われる。以前,放医研の辻先生から,血尿が出なかったですかと聞かれたことを思い出した。重粒子線の遅発性後遺症かもしれない。排尿のときの痛みは全く無いので,結石によるものとは考えられない。血尿はその後の2-3回の排尿のあとまったく停止した。その後,血尿は出ていない。
 重粒子線照射後の五年以上を経て,遅発性後遺症を経験することもあるのだろうか。
 加藤先生の指示により,07/06/01に多摩北部医療センターでCTを撮り,膀胱内の結石によるものかどうかを検査した。その結果,結石は発見されなかったので,重粒子線の遅発性後遺症の可能性が高いことがわかった。今回のCTの撮影は5mm間隔の断層撮影のため,5mm以下の結石のある可能性はあるが,排尿時に痛みが全くなかったことから判断しても,5mm以下の結石が排尿時に尿道の血管を破ったとは考えられない。もし,再度排尿時の出血があったときには,断層撮影の間隔を3mmとする検査もできるということであった。
 
2008年11/10に起きた便秘による異変
 重粒子線照射による直腸の遅発性後遺症による影響は,照射終了から5年10か月後の今日でも,いまだに続いている。直腸の膨張が十分でないため排便は自力では不可能である。そのため,毎日便秘薬を常用しているが,それでも前夜の水分不足などがどがあると便が硬くなって直腸を通過しなくなる。この日の朝は,息張って排便中に直腸に便がつかえて排便不能になってしまった。それだけならよいが,直腸の内壁が破れて大量の出血状態におちいり,直腸にたまった便が膀胱を押し上げて尿失禁の状態になってしまった。幸い,すぐ近くの病院の外科の先生に診てもらうことができて排便に成功したが,このときも大量の出血があり,さらに,直腸内部,肛門出口付近の皮膚に破損を生じた。この出血は,前にも経験があったので,ステロイド系の薬は使用せずに,非ステロイド系の座薬を使用して治療したところ,ほぼ一週間で排便の痛みを感じない程度に回復した。
 外科医によると,直腸内にポリープがあると排便に支障をきたしたり,出血があったりするので,内視鏡で調べてくれるとのことであった。予約を取り,翌月の12月の2日に内視鏡大腸検査で直腸の状態だけを観察してもらった。前立腺側の直腸内壁には5-6箇所に直径数ミリの真っ赤にただれた傷口がみられた。これが,出血した場所であった。傷口の他に,前立腺側の内壁に小さい山状の凸部が数か所みられた。その外側の直腸外壁は重粒子線照射によって被曝している場所である。被曝の影響で直腸内壁が変形したものと考えられるが,現在の状態ではポリープではなく心配はないという。前立腺側と反対側の直腸内壁は正常であった。
 参考写真 内視鏡で観察された前立腺側の内壁写真
 
2009年2月から3月に起きた血尿
と膀胱内視鏡検査による後遺症
 2009年の2月19日の夜に前回2007年と同様な血尿がでた。便器内が真っ赤になり,血糊が二つほど排出された。翌月の3月9日の夜も続いて血尿が出て,今度は血糊が3個ほど排出されていた。翌日の10日に多摩北部医療センターの泌尿器科にいって,野田知久先生に診察を受けた。尿検査をしてその結果を同月の30日に聞いた。潜血は2+とわずかに見られた他,尿蛋白が1+になっていたので,再検査することとなり,採血をして,翌月の4月7日(火)にCTと膀胱の内視鏡による検査をすることになった。
 4月7日のCT検査は,腎臓から膀胱にかけての撮影で,最初普通の撮影,続いてヨード系造影剤を注射してから再び撮影を行った。その数時間後に,膀胱の内視鏡検査をした。内視鏡を挿入するときにかなりの痛みがあるが,瞬間的なものであった。その日のうちに診断がされて,血液検査,CTの結果は異状なしであったが,内視鏡写真をみると,
前立腺側の内壁に潰瘍に似た組織のケロイド化が見られた。その周囲は,血管が腫れていて出血しやすい状態になっていた。それが,出欠の原因であり,膀胱内にがん組織は発見されなかった。尿道の細菌感染予防のための抗生物質を2日分処方してくれた。
 内視鏡検査に伴い,尿道に傷がつき,二日間ほどは排尿時にズキンとくる痛みがあった。困ったことに,それまでは,排尿前に尿意を催してからトイレに行くまでの余裕があったのだが,内視鏡検査の後は,尿意を感じた時にはすぐに排尿が始まっていて,自然放出の状態になってしまった。この状態は,検査当日を含めて4-5日続いたが,1週間後にはほぼ検査前の状態にもどった。


 
参考  最近までの前立腺がんの治療成績(Part6)をもう一度見る。

 

   


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