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前立腺がんの画像による治療記録 (2001/8〜)
治療報告者 豊田 ひろし
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目次 1.前立腺がんの発見までの経過・男性性器の説明図
2.前立腺がんのステージの告知・骨シンチグラフィやCTの写真
3.都多摩老人医療センターでの治療
4.重粒子医科学センターでの治療とは?
5.重粒子医科学センター病院での治療準備
6.重粒子線治療の体験報告
7.重粒子線治療終了後の経過
8. 重粒子線照射後約2年以降の経過(2004/02〜)
( 02/01/10カウント0より開始 ,02/11/3現在18892名)02/11/04よりカウント0より再スタート)
前立腺がんの体験記録へのリンク
前立腺がんの治療経過(手術)(平野さんのページ)
前立腺がんの手術をしました。(木村さんのページ)
前立腺がん手術日記(青山さんのページ)
前立腺がん手記URL一覧
国立がんセンターによる前立腺がんの解説
重粒子線治療についての易しい本の紹介(平成16年12月発行)
がん予防とがん対策(がん予防の食生活の工夫他がん一般情報のリンク集)
がん治療最前線(重粒子線治療他:東海テレビH15/06/28のテレビ放送)
Windows Media Player使用
参考資料
トモセラピー(最新の360度回転式放射線治療)
1.前立腺がん発見までの経過
| 排尿困難だけでなく頻尿にも要注意 現在は西暦2001年8月である。体力的な限界もあって,10年間勤めていた予備校の講師を辞めてから3年を経過したが,予備校で講義をしているころからトイレにいくのが近かった。大体において,1-2時間に一回程度である。その頃も現在服用中の血圧降下剤(ノルバスク2.5mm一日一回)を飲んでいたが,血圧降下剤を飲まないときにはトイレ間隔が長くなったので,循環器の医者に相談したところ,「この薬には利尿剤は入っていないのだが,腎臓の働きを活発にする働きがあるのでそのせいでしょう。尿の排出を抑える薬を出しましょう。」といってくれた。 しかし,この薬はあまり効果がなかったので,朝家を出てから帰るまでの間は食事のとき以外はなるべく水分を採らないように心がけていた。その代わり,帰宅後は,十分に水分を採ることにしていた。しかし,今から考えてみると,昼間はほとんど水分を採らないという長い間の生活が,体の新陳代謝を阻害し,免疫力を低下させて,癌にかかりやすい体質を作っていたものと思われる。検査で癌が発見された頃には,朝起きた後一時間以内に3回もトイレに行く状態であった。前立腺肥大や前立腺がんの前触れとしては排尿困難の症状が多いようであるが,頻尿も見逃してはならない危険信号のひとつである。 トイレの回数が多いというと,その都度トイレに行けばよいだけで病気ではないと健康な人は考える。また,神経性のものではないかという人もいる。しかし,以前は一日7〜8回だったのが,いつの間にか毎日10数回になっていれば,これは病的な頻尿ではないかと疑ってよい。病的な頻尿は尿意が強くなったときに3分間の我慢ができずに失禁が起こる。普通の健康な人ならば,尿意を催しても30〜60分は我慢ができるはずであるが,病的な頻尿はたちまち失禁が起こるので困るのである。 団体の貸し切りバスで旅行に行ったときのことである。トイレが心配なので,自宅の朝食のときに水を一合程度飲んだだけで,昼食に出た味噌汁もお茶も意識的に飲まないでいた。しかし,前夜からの水分が体内には残っている。バスが先を急いで90分以上トイレ休憩がなかったため,行きと帰りに一回ずつ,バスを停めてもらい,近くのガソリンスタンドに駆け込んだこともあった。 以下に示した男性性器図からも分かるように,前立腺が肥大すればその上にある膀胱を圧迫して膀胱の蓄尿量が少なくなることもある。たとえば,前立腺が肥大して直径が1.5倍になれば,体積は直径の3乗に比例するから,体積は1.5×1.5×1.5=3.4倍になる。しかし,その他にも膀胱の膨張機能の低下,尿道を締め付ける括約筋の機能低下なども考えられる。 普通の人が起きているときの限界蓄尿量(最大排尿量)を約200〜300cc(排尿量の統計値例:70〜80歳 152cc, 20〜49歳 256cc)だとすると,私の場合の限界蓄尿量は約150cc程度であった。 参考 排尿状態のチェック表 継続している疲労にも要注意 予備校講師を辞めてから今までの3年間のことであるが,朝7時から8時の間に起きて食事をした後,体がだるく疲れていて,食後に30分から1時間ぐらいは横になってしまう。その後は,同一姿勢で長時間の間インターネットのホームページを作ったり,読書をしたりして,午後は囲碁や写真撮影などに出かける。夕食前に帰宅すれば,再び一時間ぐらいは横になって寝てしまう。夕食後は,ビール一本か日本酒1-2合を飲んだ後,また一時間ぐらいは寝てしまう。起きた後はテレビなどで暇をつぶしたとしても,必ず12時前には就寝する。合計すると,24時間のうち10 時間ぐらいは横になったり寝たりしていたのである。持病の後縦靱帯骨化症の手術後の後遺症として手足のしびれ,肩こり,体の筋肉のつっぱり感などの他には,つらい痛みもないので,後遺症のためかと自分勝手に理解していたが,実際には,前立腺がんからくる疲れもあったと思われる。継続的な疲れがあったならば,まず医者に相談することも大切である。 男性性器の構造 ここで,以下の説明の参考のために,男性性器の構造図を示しておこう。 |
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| AstraZeneca 前立腺がん早期発見の手引き より |
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| 小学館 家庭医学大事典より |
| 泌尿器科に診察に行く 今年(2001年)の6月28日に近くの新山の手病院(東村山市)・泌尿器科にいき,長年治らない頻尿の治療と左骨盤内の鈍痛について相談に行った。新山の手病院の泌尿器科は週に一回午後だけの診察である。 頻尿といっても残尿感はなく,単に一回の量が少ないだけで,前夜に飲んだ水分の量が多いときは,朝などは15分から30分おきにトイレに行きたくなり,ほとんど我慢ができないのである(尿意切迫)。ただし,就寝後のトイレの回数は普通1-2回,一日平均10数回であった。 このとき,泌尿器科(小林先生)から出された頻尿止めの薬は割合によく効いた。直腸指診のあと,血液検査の採血をしてくれた。そのときは,何の検査かを医者が言わなかったので分からなかったが,この検査は,前立腺の肥大,がんなどの有無を調べるものであったことが後で分かった。 今年の5月に一般の健康診断を受けたが異常なしということだったので,この血液検査も同じように考えていたが,一般の健康診断の血液検査では前立腺の異常を調べる検査はしないということである。したがって,尿が出にくかったり,頻尿だったりするときには早めにまず泌尿器科に相談することが何よりも大切である。 前立腺がんの発見 血液検査の結果を聞きにいったのは,翌月の7月12日である。この日に,腫瘍ができている可能性があるので,肛門から針を刺して調べる生体検査を翌週の19日に行いますといわれた。後で知ったのだが,このときの,がんの進行度を知る目安のPSAの値は73であった。その場の話では,大変簡単な生体検査で,短時間に済み痛みはないということだった。 参考 PSA(通称ピーエスエーという。Proststic Specific Antigen前立腺の特異性抗原のこと。) 19日の針生検はどこか特別な部屋でするのかと思ったら,なんと,診察室のすぐ隣の部屋で一枚の毛布をかけた状態で,手術台の上で股を広げて待つだけである。肛門から生検用の器具を挿入し,勘と経験の職人芸で前立腺にズブッズブッと何箇所か向きを変えて針を刺すのである。右を3回,左を2回ずつ前立腺の組織を採取した。痛みはほとんどないといってよい。2週間後の翌月8月2日に結果が出るのでその日にくるように指示された。生検後に痛みが激しくなることもあるので,抗生物質を一週間分くれた。血尿が2日ほど続いてとまったが,抗生物質は4日間のみ続けた。その後特別な痛みは出なかった。 結果が出るまでに日にちが十分にあるので,友人の医者(折井弘武博士:放射線医学の権威:元東京厚生年金病院放射線科科長)と相談した結果,「それは乱暴な生検の仕方だ。超音波診察をしながら慎重にやらないと,被膜を針で破ってがんが転移するかもしれないぞ。」と脅かされた。そこで施設の整ったところがよいだろうということで,小平市にある公立昭和病院に紹介状を書いてもらった。7月25日に昭和病院の泌尿器科にいったところ,遠坂先生から左骨盤の痛みは転移の疑いもあるといわれた。新山の手病院から8月2日の生検の結果をもらい紹介状を書いてもらうようにいわれ,その日は採血をして帰った。 8月2日新山の手病院にいき,検査の結果をもらった。翌日,8月3日に昭和病院泌尿器科にいき,コピーしてくれた生検のデータと紹介状を渡し,5回の生検の結果はすべて高分化がんということを知らされた。そのときの担当医加藤先生より8月10日に骨シンチグラフィの撮影,8月15日CTの撮影,8月17日に家族と一緒に結果を聞きに来るように指示された。 前立腺肥大は前立腺の内腺が肥大する病気で,前立腺がんは主に前立腺外腺に生じるという。 骨シンチグラフィの検査の際には,原子番号43のTc(テクネチュウム)99mを注射して,約3時間後に特殊カメラ(ガンマカメラ)で撮影する。このアイソトープは半減期(現在の放射線の強さが2分の1になるまでの時間)が6.02時間なので人体に長期にわたって存在することはないので安全らしい。 CTはX線CTのことで,数多くの断層写真を撮影するのでかなりのX線をあびることになる。一年に一回がよいところで,続けて何枚も撮影すると放射線障害が起こり体によくないといわれている。 7月25日に昭和病院で採血した結果のPSAの値は72ということだったので,6月28日の新山の手病院でのPSAの値73とほとんど違いはなかった。折井博士が,昭和病院にはフェイズド・アレイ・コイルというのがあり,従来のMRIでは写らなかった組織の鮮明な像が撮れるので,それでまず最初に撮影してもらえるように依頼状を書いてくれたが,担当医(加藤先生)の夏休みとぶつかってMRIの撮影は実現されなかった。 |
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